ぱわらぼ

パワプロ能力査定研究所 -プロ野球選手のGraphical Abstract-

「球持ち」を再考する

 

Introduction

野球では「より打者に近いところでリリースする」ことが良いとされてきました。
これに対しパワプロでは「球持ち◯」という特殊能力があります。

球持ちに関連するパラメータとして、Statcastでは"Extension"(EXT)が公開されています。
EXTはMLB公式サイトでは以下のように説明されています。*1

・投手のリリースポイントがホームプレートからどれだけ近い位置にあるかを正確に数値化する指標。

・背が高く腕の長い投手ほどエクステンションが長くなる傾向がある。

・エクステンションが長いことは、投手が打者との距離を実質的に縮めていることになるので、投手にとって大きな利点となり得る。

・エクステンションはStatcast指標「知覚速度」の重要な要素である。

EXTのMLB平均ですが、2021年は6.3(192cm)であり、この場合ホームプレートからの距離は54ft(16.5m)となります。

 

それではEXTの長さはどのような影響があるか、またEXTとパワプロ能力の関係をみていきたいと思います。

Materials

Baseball Geeksでは2018年のMLBデータを用いて検討されています。*2
* 2018年のMLB平均EXTは6.1ft(186cm)

こちらの資料によると、EXTが長くなると以下のような影響があるようです。

・投手:球速の上昇(ある程度まで)、リリースが低くなる

・打者:被打球速度の低下、空振り割合の上昇

またEXTとリリースの高さのバランスが重要であることが示唆されています。

対戦する打者の打球速度に低下と空振り率の上昇は、EXTと"Perceived Velocity"(PV;知覚速度)の関係から説明できそうです。
こちらの資料によると、EXTを平均的な6.3ftから1ft延長すると、PVは1.7mph(2.7kph)差が生まれるようです。*3
ちなみに球速が1mph上がると100球あたりのRun valueが0.3上昇するので、この点でもEXTを長くすることは意味がありそうです。

ここまでEXTが及ぼす影響についてみてきました。

次にこれらのパラメータとパワプロでの「球持ち」の関係についてみていきます。

Results

「球持ち◯」は2007年発売のパワプロ14で実装された特殊能力で、パワプロ2024-2025では能力が「球持ちがよく、打者にとって打ちにくい」と説明されています。
また公式パーフェクトガイドでは「ストレート投球時の球持ちが長く、変化球投球時の球持ちがやや長くなり、着弾点の表示タイミングが遅くなる」とされ、ストレートと変化球でやや効果が異なるようです。*4

「着弾点の表示タイミングが遅くなる」という効果は、上記の知覚速度に相当していて、なかなかいい効果なのではないかと思いました。

次にNPBではEXTに関連するパラメータが公表されていないので、最近10年でMLB初登板した17投手のMLB1年目の成績と、直前のパワプロ能力を確認します。

Table.1 2016~2025年にMLB初登板した投手の成績とパワプロ能力

Player Season height EXT Rank EXT/height 球速 球持ち リリース ノビ キレ
前田健太 2016 6' 1" 6.2 51 101.9% 153 - - D -
大谷翔平 2018 6' 3" 6.6 87 105.6% 163 - - D -
平野佳寿 2018 6' 1" 6.1 51 100.3% 152 - - C
牧田和久 2018 5' 8" 6.0 35 105.9% 135 - B
菊池雄星 2019 6' 0" 6.5 82 108.3% 158 - B -
山口俊 2020 6' 2" 6.3 48 102.1% 153 - - D -
澤村拓一 2021 6' 0" 6.4 53 106.7% 158 - - C -
有原航平 2021 6' 2" 6.7 79 108.6% 155 - D
藤浪晋太郎 2023 6' 6" 6.9 88 106.2% 162 - - D
千賀滉大 2023 6' 1" 6.5 54 106.9% 160 - - D
松井裕樹 2024 5' 8" 5.9 11 104.1% 154 A
山本由伸 2024 5' 10" 6.6 58 113.1% 159 D
今永昇太 2024 5' 10" 6.3 32 108.0% 153 - B
上沢直之 2024 6' 1" 6.3 - 103.6% 152 - B -
佐々木朗希 2025 6' 2" 7.1 93 115.1% 165 - E
菅野智之 2025 6' 1" 6.2 30 101.9% 155 - - E -
小笠原慎之介 2025 5' 11" 6.3 32 106.5% 153 - E -

MLB公式の説明にもありましたが、EXTは身長の影響を受けるとされているので、EHTと身長の比率も併記しました。
ちなみにMLBでのEXTは、身長の1.04倍が平均的です。*5

Statcastでのrankが高かったのは、佐々木投手。藤浪投手、大谷投手、菊池投手でしたが、どの投手にも「球持ち◯」は付与されていませんでした。

「球持ち◯」が付与されている選手は、松井投手、山本投手、今永投手で、EXTの絶対値は山本投手が6.6と比較的良好でしたが、MLBでのRankは58でした。

Discussion

今回MLB移籍した17投手のデータを用いて、"Extension"と「球持ち◯」について検討しました。
その結果、特に関係性はなく、身長との比率であっても変わりませんでした。
つまり、公式は古典的なイメージ査定であることが示唆されました。
これはNPBではMLBに比べて動的データの収集・公開がかなり遅れていることが原因と考えられます。

本検討のリミテーションは、同一年のデータとパワプロ能力ではないことや、17投手という少ないサンプル、またEXT自体が年々延長しているため、結果の取り扱いが難しい点が挙げられます。

EXTの延長は、現在のMLBのトレンドが高めのフォーシームで空振りを奪うことであり、リリースの高さを下げて高めに投げ込むことでより角度をつける風潮からきています。
私見ですが、MLB選手をStatcastを基準に査定するなら、絶対値よりその年のRankでカットオフを設定する方が、平均からの逸脱という点で妥当かなぁと考えます。

Conclusion

Extensionを長くすることは球速の上昇だけでなく打者の知覚速度に影響を与えるため重要で、パワプロの効果とも一致することがわかった。

パワプロ公式査定の「球持ち◯」はExtensionの長さと関係しておらず、イメージ査定だった。

おしまい

Reference

*1:Extension (EXT)
https://www.mlb.com/glossary/statcast/extension

*2:「球持ちの良さ」は本当に重要? ピッチングへの影響をデータで探る
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201906210001-spnavi

*3:Release Extension… Why It’s Important and How to Maximize It?
https://rocklandpeakperformance.com/extension-at-release-why-its-important-and-how-to-maximize-it/

*4:パワフルプロ野球2024-2025 公式パーフェクトガイド
https://www.amazon.co.jp/dp/4047337463?tag=pawalab-22&linkCode=osi&th=1&psc=1

*5:Release Extension… Why It’s Important and How to Maximize It?
https://rocklandpeakperformance.com/extension-at-release-why-its-important-and-how-to-maximize-it/#:~:text=Average%20MLB%20release%20extension%20is,at%206.3%20feet%20of%20extension).